★★山岡瑞雪作品集★★
希求の果て』 文芸社より2000年発行
『破滅の足音』理想書店より電子本2005年9月発行
『雲のかなたに』理想書店より電子本2006年2月発行
『ティンパニは鳴り止まない』 マチともの語り掲載

2006年02月17日

気温の変化にご用心

春が待ち遠しいですね。最近は天候と気温とは比例しないようで、雨が降る日が暖かかったり、晴れているのに寒かったり。
晴れだからと油断はできません。まだまだ防寒具は手放せませんね。

『雲のかなたに』の電子本作成が着々と進んでいます。
今月の終わりには完成するでしょう。多分。

既に電子本になっている『破滅の足音』もよろしく。

『破滅の足音』は実は体外受精で誕生した女の子をめぐる話です。
誰も自分には遠い話だと思っていませんか。
でも、現実はその人口は多くなっていて、深刻な問題も含んでいるようです。
興味本位で取り上げるのではなく、命とは何かということをテーマにしました。
重い内容なのですが、しっかり見つめなければいけないものだと思います。

主人公の詩織にはとても強い思い入れを持っています。何度も読んで訂正加筆をするのですが、時には感情移入しすぎて、涙を流しながらやっていました。
客観的でなければいけないのですが……。
posted by 瑞雪 at 11:46| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月08日

まだまだ春は遠いのか?

今日もまた寒い! 冷たい風と粉雪が舞い散っています。
まだまだ春は遠いのでしょうか?
先月の春を思わす暖かさで、庭の杏子にひとつふたつピンクの花が開いていたのです。
おやおや、気の早いことと思っていたら、またぶり返したこの寒さで縮み上がってしまったようです。

ところで、先日『悲しみよこんにちわ』のことを書いていましたが、少し記憶が心細い部分があって、読み返してみました。
短編なので早いです。

やはり、記憶違いがありました。主人公が殺意を起こして実行に……などと書いていましたが、間違いでした。そこまではしていませんでしたね。しかし、一人の人間を排除すべく策略をめぐらし残酷なやりかたで実行したのは事実。そして、その対象が死に至ったことも事実。
果たして、それがショックのあまりの自殺かどうかは分かりませんが。

一人称の小説なので、自省を述べているところもあるのですが、何とも短慮で残酷です。
外国の文学はやはり翻訳に困る部分があるのかもしれませんが、理解しがたい文章も多いような気がします。
posted by 瑞雪 at 11:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月06日

二月に降る雪

二月に入って節分の日、今冬一番の雪でした。庭の木々が真っ白。近くの西洋風の屋根が小山になっていました。
それに続き、昨晩からみぞれのような雪が降っています。

高橋和巳の『邪宗門』を読み終えました。4、5回目の読破なのですが、やはり胸迫り涙がにじみます。時代の違いは大きく、今では考えられないことの連続なのですね。
現代は物あふれ、飽食の時代。物質的にも、精神的にも恵まれた時代です。
なのに、いかにも心貧しい事件を起こす人が多いのはなぜでしょうか?
物と心の豊かさはもしかしたら反比例するものなのかも……。
posted by 瑞雪 at 13:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月26日

悲しみよさようなら

サガンの『悲しみよこんにちわ』についてもう一度。
タイトルがいいのですね。この記事のタイトルを「……さようなら」にしてみましたが、何ともダサイですね。

主人公はセシルという17歳の少女です。著者のサガンもこれを書いたのは18歳のときで、処女作でした。フランスの1954年度の「批評大賞」を獲り、フランスだけでなく世界各国のベストセラーズになったんですね。

セシルには若くて美貌の父親がいます。母親は亡くなっています。父には若い愛人がいて、皆仲良く別荘で夏休みを楽しんでいるわけです。(ここもちょっと変)
そこへ、亡き母の友達の、理知的で美しい女性が現れます。
父親は彼女に心惹かれ、結婚することを決意します。

ここから、セシルの異常な暴走が始まるわけです。父親に対する独占欲そして聡明な女性に対する反感。それが憎悪となり、自分たちの怠惰な享楽の生活から彼女を排除しようと何とも意地悪な企みを実行に移すのです! そして、彼女はショックのあまり……。

青春だけにある一種の残酷さ、完成されたものに対する反感、反逆……。
しかし、すべての若者がこうとは言えない。これを若者らしい感性と決め付けないでほしい。

当時、高校生であった私はこのことに反発を感じたのです。ただの利己的な独占欲だろう?
自分に勝てなかった理性のない、感情に動かされるだけのつまらない身勝手な女の子じゃないか。

○十年たって、読み返してみて、やはりその思いは変わりませんでした。
posted by 瑞雪 at 15:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月20日

『出雲阿国』を横目で見ながら

最近の私は「ながら勉強」ならぬ「ながら雑事」をやっています。
例えば、テレビを見ながらパソコンをいじったり……といった格好です。
今日、その横目で見ていたのが「出雲阿国」。

多感な年頃といわれる高校時代、好きで読んだ作品のひとつです。有吉佐和子が好きで、作品の多くを読みました。
ひたむきに生きる女性を描いたものが多く、その健気さが心に深く感動として残っています。
もう○十年も読んでいないわけですが、再度読み直してみるのもいいかなと思っています。

高校時代には友だちとお互い勧めあって読む本というのが多々あるわけですが、その中にフランソワーズサガンの『悲しみよこんにちは』があります。
19歳のとき、この処女作品で一躍フランス文壇の寵児となったサガンですが、若い頃読んだのと、最近読み直してみて印象が違いました。
何だか違和感を強く感じたのです。

真っ白な少女時代と違って、長い人生の中で常識という垢をつけてしまったせいかもしれません。
posted by 瑞雪 at 23:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月13日

心に残る本

山岡瑞雪の文芸サイト『心に残る本』は去年の夏にアップし、今に至っています。初めてのHPで試行錯誤しました。ブログと違ってアクセスアップがなかなかなわけです。そして、更新もままならない……。そこでこのブログに移行したわけですが、やはり本サイトとして今後も残しておこうと思います。
読書ノートのページに心に残った本の感想文を載せています。
私はじっくり熟読するほうなので、これがまた進まないのですね。今、高橋克己の『邪宗門』の下巻を読んでいます。もう4回目でしょうか。いや、5回目?
そして、その感想文を書くとなるとまた日にちがかかります。これがまた、遅筆なのですね。
小説もそうです。興がのると一気なのですが、のらないとさっぱり……。そして、じっくりじっくり推敲に推敲を重ねます。そうして、もう書き換えることはないというところまでいって投稿するのです。作品を量産する流行作家の方々を見るとすごいなあと思います。
まあ、マイペースで行くしかありませんが。
春には花でいっぱいになる庭の木々ですが、落葉と虫除けの薬で白っぽく寒々としていたところに赤い花が見えます。椿でした。幾つかの蕾と開いたのがひとつ。
そして、見つけました。すべての葉を落として、細い枝だけになっていた木瓜の木に小さな蕾がぎっしり! 春です! 小さい春、見つけましたよ♪
posted by 瑞雪 at 10:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月09日

新成人の皆さん、おめでとうございます。

今日は成人の日ですね。毎年、日にちが変わるのがちょっと変ですが、ともかくおめでとうございます。
とても気に入った言葉を贈ります。

「調和の心が豊かな人生を築く」

皆さんはこれから社会に出て、一人前の大人となられます。肩に掛かる責任も重くなってくるでしょう。今まで未成年だからと許されていたことが許されなくなります。
世間の厳しい風に晒されます。
仕事で失敗したり、対人関係で悩みストレスに辛い思いをする……。
でも、それは往々にして自分自身の不調和の心が原因だそうです。そんな時、潜在意識の中に不安感、焦燥感、恐怖感などの感情がしっかり宿っていると思ってよいでしょう。
特に、怒りや憎悪は精神に大変な障害を及ぼすものです。医学的な見地から言えば、体内のアドレナリンの分泌を促進し、その結果、血圧が上昇し、脈拍が速くなるので健康面においても有害なのですね。

「あなたは、あなた自身の思考をコントロールすることができます。あなたは、あなた自身の監督なのです。そして自分自身の思考を、建設的な方向へ導くことができます」
と、ジョセフ・マーフィーという人が言っています。
悪感情(怒り)はセルフ・コントロールによっていくらでも取り除くことができます。その結果、より自分を高めていくことができるというのです。

仕事や人間関係で辛い思いをしたときは、この言葉を思い出してください。
「あなたは、あなた自身の監督なのです」
posted by 瑞雪 at 15:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月06日

一月は睦月、では青陽って何月?

一月の別称は睦月ですね。月の異称にはいろいろあって、その月々の雰囲気をよく表しています。季節感が感じられる日本らしい名称が多々あります。
では、一月の別称は他にどういうのがあるかを見てみましょう。

睦月(むつき)、孟春(もうしゅん)、初月(しょげつ)、上春(じょうしゅん)、青陽(せいよう)、早緑月(さみどりづき)、端月(ただしづき)、初花月(はつはなづき)

【孟春】の孟は始めの意だそうです。
【青陽】の「青」は五行説で春、「陽」は陽気の盛んなこと。
五行説というのは、古代中国に起源をもつ哲理のことです。

<時候の言葉>としては、
頌春(しょうしゅん)、新春、初春、正月、初詣、仕事始め、初夢、七草、鏡開き、大寒などがあります。

睦月とは年の初めに互いに訪問し合い、親しみ睦み合うの意。世界人類が親しみ睦み合う平和な一年であってほしいものです。
posted by 瑞雪 at 13:51| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月05日

ティンパニは鳴り止まない

文芸サイト『マチともの語り』に連載しましたほかの作品に短編六話があります。その紹介文です。

「右脳、左脳については、皆さん周知のことと思いますが、男性の脳と女性の脳の違いをご存知でしょうか。
女性は左右両脳を言葉機能に使い、男性は左脳だけを言葉機能に使うそうです。
 また、男は側頭葉ー大脳辺縁系の活動が高く、怒りや攻撃性がある。(自分の遺伝子を残すため)女は帯状回ー大脳辺縁系の活動が高く、それはより複雑できめ細かい情緒を調節している部分だということです。(したがって女性のほうが鬱病になりやすい)
 つまるところ、男と女は根本的に違うということ。この世には男と女の二種類しかないものなのに(原則)、相反する二つの性は決して理解しあうことはない。という悲しく、また滑稽な物語をいくつか書いてみました。」

第一話  闇夜
 高校を卒業して就職したばかりの、世間知らずの娘が恐怖を体験するある闇夜。……「男なんか、大っ嫌い」
第二話  顔の裏側
 お互い打算で再婚した、中年夫婦。形だけの団欒風景は今日も続く……。
第三話  燃え尽きた男
 30代の若さで燃え尽きてしまった男。現代に潜む心の病か? それを支える健気な年上の妻。もしかしたら貴女の夫にも……。
第四話  ティンパニは鳴り止まない
 今や、浮気で離婚は日常茶飯事。乗り越えることが利口なのか、決断することが利口なのか……?
第五話  同居のかたち
 嫁姑の戦いは永遠に続く?
第六話  リタイアの人
 熟年夫婦の行方?

読みきりですのでよかったら読んでくださいね。現代に潜むいろんな問題。もしかしたら、あなたの身近なことかも。
posted by 瑞雪 at 10:47| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月04日

『雲のかなたに』ただ今連載中

『雲のかなたに』はマチともの語りに連載し、実は完結しています。これも、遅くとも2月始めには電子本になる予定です。電子本は縦書きになり、とても読みやすい装丁になります。その前に無料で読んでおこうという方は、今のうちにどうぞ。

瑞雪の『雲のかなたに』の紹介文です。

 人はどんなに疑い深い人であれ、何かを信じないと生きていけないものでしょう。人それぞれ、家族を信じる人、お金を信じる人、地位を信じる人、仕事を信じる人、いろいろあると思います。
 信じるところを一筋に生きて、そしてそれぞれに裏切られ、挫折するのが人生でしょうか。(中には信じるままに幸せな人生を全うする人もいるでしょうが……)
 神がいると信じるかどうかは別として、宗教の功罪は如何でしょうか? 三つの唯一神教であるユダヤ教、キリスト教、イスラム教が誕生した中東を始め、世界中に無くならない争いは宗教問題が根底にあるようです。
 オウム真理教による地下鉄サリン事件は全国を震撼させました。その後も新興宗教は形を変え姿を変えて現れ、切りがありません。
 「信じる」ということは素晴らしいことでもあり、恐ろしいことでもあります。
 さて、あなたは何を信じて生きますか?

『雲のかなたに』のあらすじです。

 突然の兄の死を端緒に物語りは始まる。妹の朝子はある新興宗教に入信し、布教活動に身魂を傾ける。その教団内でのさまざまな体験と挫折を描く。信仰とは、宗教とは何か。人生とは何かを問う。
既刊の『希求の果て』の第2弾とも言うべきもの。

昨年、年末のテレビで江原啓之さんの番組をご覧になった方も多いと思います。スピリチュアル・カウンセラーという彼の霊能力に本当に驚きました。人格的にも素晴らしい彼の番組は欠かさず見ようと思っていますが、あれを見ると目には見えない霊の世界の存在を思い知らされますね。
霊の存在を知り、それが信仰となり、宗教と発展し、世界を動かす力にもなります。全てのものには正と邪があり、それは紙一重かもしれません。目に見えないからこそ、その判断はさらに難しくなるでしょう。いったい人を幸せにするほんものの信仰、宗教はどれでしょう??
posted by 瑞雪 at 10:51| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月03日

新年、あけましておめでとうございます。

皆様、よいお正月をお迎えでしょうか。瑞雪はのんびりとお雑煮やおせちを食べ、たまにテレビを見、本を開いて過ごしております。
しかし、すでに3日となりました。もう仕事を始めていらっしゃる方も多いと思います。今年一年、災害のない、争いのない、平和ないい年になりますよう、ただ祈るだけですね。
このブログは始めたばかりですが、本サイト『心に残る本』は去年8月に立ち上げました。 
文芸サイト『マチともの語り』は去年の春、『破滅の足音』の掲載が始まりでした。『破滅の足音』は8月頃連載が終了し、9月に電子本となりました。簡単にダウンロードして読むことができます。たったの315円です。安いっ!

『破滅の足音』のあらすじは以下の通りです。

 突然の交通事故で両親を亡くし、一人残された少女詩織は、ある大学教授の一家にもらわれ、大事に育てられる。しかし、養父の胸の奥深くにだけおさめられた秘密があった。その秘密とはいったい……?
 詩織が美しく成長したころ、海外留学をしていた長男が帰国。そして二人は恋に落ちる。結婚したいと二人が両親に申し出たとき、養父は驚愕し激怒し、大反対する。幸せは一瞬にして崩壊し、この一家五人のそれぞれの苦悩が始まる。
詩織は心優しく、賢い女の子。しかし生まれたときから過酷な運命を背負っていた。というより、どうにもならない宿命というべきもの。傷つきながらも、なおも自分らしく生きようとする詩織。命とは何か、命の尊さとは……?

『破滅の足音』を電子本として出版したときの瑞雪の挨拶文です。

 「この世に生を受けて」といい、「天命」といいます。
 人はどこそこの誰それに生まれようと思って、生まれるわけではありません。その決定権というのは誰が持っているのでしょうか。少なくとも人間の手にはありません。
 人類は不可能を可能にするべく、あらゆることに挑戦してきました。飛べないはずの空を飛び、宇宙にまで行っています。超スピードの乗り物を作り、時空間を縮めました。様々な病いを克服し、生まれなかったはずの命を創ることにまで手を染めました。
  果たして、人類は幸せになったのでしょうか。いまだに人々は殺し合い、環境を汚染し、地球はそのうち人間によって破壊されてしまいませんか。
 耳を澄ましてみてください。
 破滅の足音がどこからか聞こえてきませんか?
 考えてみてください。
 それから逃れる方法はありますか?

いま青春真っ只中の方、この「秘密」、あなたのすぐ傍にある驚愕かもしれません。また、子どもが欲しいと切望されている方、この本をぜひ一度読んでほしいと思います。
『理想書店』よりダウンロードできます。

posted by 瑞雪 at 10:50| Comment(1) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月29日

はじめまして山岡瑞雪です。

私、山岡瑞雪(みずき)は2000年、小説『希求の果て』を文芸社から出版しました。現在、文芸サイト『マチともの語り』に短編、中篇の小説を連載しています。
マイホームページ『心に残る本』にて、いろいろ紹介していましたが、このたび、このブログを立ち上げました。
徒然に日々思うことなど、書き綴ってみたいと思っています。
はじめての出版はもう5年も前になります。まさか自分が小説を書くなどとは思ってもいませんでしたが、何か止むに止まれぬ思いで書き上げたのを覚えています。

求めていたものがそこには無いことを、丸裸になって初めて気付くのだろうか。
失望のどん底に落とされてもなお、人の魂は何かを追い求める。
チルチルミチルのようにどこまでも青い鳥を追い求めるものなのか。

信仰とは何か、宗教とは何か、人生とは何か…。
「信仰は神への恋愛にも似ていると言われる。神に見放された挫折感は、最大級の失恋かもしれない。失恋を癒すには時間が必要だった」

希求の果て』の帯に書かれた文章です。主人公由希は普通の主婦でした。それが、ある新興宗教に出会って、由希の人生は大きく変わったのです。
posted by 瑞雪 at 16:15| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。